【翻訳】再録:出版社が出版社でなくなる時はいつ?ワークフロー・ビジネスを構築するためのピースの組み合わせ(2023.3.28)
【翻訳】再録:出版社が出版社でなくなる時はいつ?ワークフロー・ビジネスを構築するためのピースの組み合わせ(2023.3.28)
原文:Revisiting: When is a Publisher not a Publisher? Cobbling Together the Pieces to Build a Workflow Business by Roger C. Schonfeld (Jun. 9, 2022)
翻訳: 特定非営利活動法人UniBio Press
5年以上前、この記事を嚆矢として、わたしは、大手出版社や情報ベンダーが買収していた新規事業について本格的に執筆を始めました。当時も今も、わたしの関心は買収それ自体ではなく、学術情報ビジネスの戦略的方向性を示す重要な証拠としての買収にあります。そして、わたしが名付けた「研究者のワークフローとビジネス・プロセスのビジネス」への転換の証拠は、着々と積みあがっています。この記事を発表した後に、ProQuestのEx LibrisがIII(Innovative)を、ClarivateがProQuestとKopernioを、Elsevierがbepress(これは誰も驚かないはずですが)、Aries、Interfolioを、WileyがHindawi、Editorial Services Group、Knowledge Unlatchedを、そしてSAGEがLeanLibraryとTalisを買収しています。今日、このように多くの証拠があるため、これらのポートフォリオやその他のポートフォリオに対する理解は、より多様なニュアンスを持つようになってきました。そして、これらの戦略が、ユーザと企業の損益の両方にとって良い結果をもたらしているかどうかを問い始めることができるかもしれません。
出版社が出版社でなくなるのはいつか?ワークフロー・ビジネスを構築するために必要なもの
2年前、MendeleyのElsevierへの売却を振り返り、Joe Espositoは、「機能はいつ製品になり、製品はいつビジネスとなるのか?(When Is a Feature a Product, and a Product a Business?)」 という質問を投げかけました。それ以来、この問いはずっとわたしの頭を悩ませています。結局のところ、機能をたくさん集めれば製品になり、製品をたくさん集めれば、やがてビジネスになるのです。最も洗練されたコンテンツ・プロバイダが着実に行っている投資を振り返り、Joeのフレームワークの下でプロバイダたちのアプローチを検証することは、十分に有益であると思います。先週、ElsevierやEBSCOといったこれらのコンテンツ・プロバイダが、図書館にコンテンツ製品をライセンスすることを越えて、それ以上の成長の原動力を見出そうと懸命になっていることについて書きました。プロバイダたちは異なるビジネスを持ち、異なる戦略を追求していますが、私はそこに共通すると思われる一つの要素、つまりワークフローを重視しているという点を探ってみたいと思います。
(供物を運ぶ集団、紀元前1981-1975年頃、エジプト、中王国、メトロポリタン美術館収蔵品の写真)
ワークフローは、機能でも製品でもビジネスでもありません。ワークフローは、プロセスとして理解され、ある程度体系化された一連の活動であり、二つのカテゴリーに分けることができます。一つは、研究者のワークフローで、これは学部生の論文執筆から最先端の研究室での研究まで、個人または共同研究のプロセスに焦点を当てたものです。大学のビジネス・プロセスは、もう一つの種類のワークフローであり、コンテンツの取得と提供を行う図書館の業務から、研究戦略を確立し、研究者が資金提供者からの助成金を確保し、その要件に準拠することを支援する研究室の業務まで、あらゆるものが含まれます。ライセンスされるコンテンツ事業の成長が停滞し始めるなか、洗練されたコンテンツ・プロバイダは、研究ワークフローや大学のビジネス・プロセスをサポートすることに、自衛の価値と同時に、まったく新しい成長領域があることに気づいているのです。
「ワークフローは新しいコンテンツである」 という、穿った意見もありますが、ここでは、コンテンツからワークフローへの移行を説明するために、二つの例を紹介したいと思います。
Elsevier
Elsevierは、研究用ワークフロー製品の豊富なラインナップを整備しています。Hivebenchは電子ラボノートで、実験の設計と整理、データの共有と保護、特許や出版に向けた研究成果の進展に取り組む科学研究者が共同で使用します。Mendeleyは、出版物の整理と閲覧、データセットの保存と共有、潜在的な共同研究者との仕事の機会を得るためのツールに成長しました。Elsevierの研究者向けワークフロー事業の発展に伴い、これらの製品が別々の製品のままであったとしても、製品間の境界線が変化していくと予想するのは合理的です。
Elsevierは、個々の製品を組み合わせて研究用ワークフローツールを構築しており、社内開発と買収の両方を通じて、それらを増強しているところです。Hivebenchはもともと生物学者向けに、Mendeleyは科学者向けに販売されていましたが、Elsevierはユーザコミュニティの範囲を広げるために、プレプリント・サービスのSSRNを買収しました。先週発表されたPlum Analyticsの買収は、Mendeleyにいくつかの機能を追加するでしょう。このように、一連のツールは成熟を続けています。その中で、Elsevierの近い将来の方向性として、ある観察者が予見していたのが、論文原稿の投稿と管理です(著者注:シェフのLisa Janicke Hinchliffeによるこの予見は、ElsevierがAriesとその原稿管理システムEditorial Managerを買収したことで実際に的中しました)。
この拡大するツール群を通じて、Elsevierは研究者を研究ワークフローにロックインする手段を開発したことになります。これは、図書館が「ビッグディール」のバンドル契約に感じてきたロックインの強さに勝るとも劣らないものです。ロックインは、ワークフローのさまざまな部分にわたって、さまざまなソースからもたらされます。HivebenchとMendeleyのコラボレーション環境に関連するスイッチングコストは、研究仲間や共同研究者とのネットワーク効果に由来しています。自分のデータやノートは、システムのなかに蓄積され、保存されます。そのシステムから、すぐにエクスポートすることができるのですが、それでも、元の環境の外で利用することは不可能ではないにせよ、非常に難しい作業となります。自分の研究活動データは、一定レベルのパーソナライゼーションが可能となります。そのようなパーソナライゼーションは、別の環境では失われてしまうかもしれません。そしてもちろん、これらのツールの少なくとも一部を、少なくともいくつかのケースで、大学などの機関に対して販売することが目標であり、機関として購入した場合、代わりの環境へ移行することはより複雑となります。
このようなロックインの形態があるにせよ、Elsevierにとって、これらの研究ワークフローツールは、それ自体でビジネスを構成する必要はありません。これらのツールの一部から得られる研究活動データは、同社のPureおよびSciValといった製品にも活用されています。これらの製品は、研究者個人ではなく、研究管理システムの主要なビジネス・プロセスをサポートするために大学向けに販売されているものです。
結局のところ、研究用ワークフローにおけるElsevierのユーザ獲得とマネタイズ戦略は、これまでの学術出版に見られるように洗練されたものです。オープンアクセス擁護派は、こうした方向性に懸念を示すかもしれませんが、研究者や図書館員の多くは、相変わらず、科学出版の主導権争いや、それに何らかの影響を与えることにフォーカスしているように感じられます。研究者のワークフローを支援し、収益化する可能性のあるビジネスを構築することは、出版とはまったく異なることです。Center for Open ScienceとSHAREイニシアチブは、対抗手段を提供しようとしていますが、オープンアクセス・コミュニティ全体がElsevierの変革に対抗しているという形跡はほとんどありません。この分野では、投資と統合モデルが異なりますが、Springer Natureの姉妹会社であるDigital Scienceが、Elsevierの最大のライバルといえるでしょう。
EBSCO
Elsevier(およびDigital Science)が、新しい学問を創造する研究者のワークフローに主眼を置いているのに対し、EBSCOは、学術文献やその他の図書館リソースへのアクセスに関連する研究ワークフローに目を向けました。今日、ほとんど全てのユーザにとって、図書館やコンテンツ・プロバイダを通じて学術文献を探し、アクセスすることに関連する研究ワークフローはあまりにも複雑です。これまでのワークフローでは、研究者や学生は複数のプロバイダの複数の製品を渡り歩く必要があり、その結果、さまざまな障害が発生し、研究の進展が妨げられています。それに対して、Googleで検索するだけで、オープンアクセスであれ、単なる不正なコンテンツであれ、膨大な量の文献が見つかります。Sci-Hubがユーザを惹きつけるのは、単一のインターフェースで、たとえそれが完全に違法なものであっても、基本的に学術文献全体へのアクセスが可能だからだと言われています。もしコンテンツ・プロバイダが、発見、アクセス、閲覧、引用のすべてをシームレスに提供する単一のインターフェースを構築できれば、海賊版サービスの撲滅に大きく貢献するだけでなく、学術図書館が持つ、最も広く評価されている機能の多くを提供することができるでしょう。
20年前、EBSCOは図書館の定期刊行物購読を支援する購読エージェントでした。また、オンラインで利用可能な一連の抄録・索引検索サービスを提供していました。その後、学術文献のアグリゲータとしてトップクラスのEBSCOHostを構築し、学生や研究者が研究や授業に必要な文献を入手できるよう、さまざまなツールを体系的に開発し、買収してきました。
Mendeleyが多くの点でElsevierの研究者ワークフロー、すなわち、様々な機能やサービスへのアクセスを提供するために成長するインターフェースとダッシュボードの熱源であるように、EBSCO Discovery Service(EDS)はEBSCOの中心的なサービスです。EDSは、ほぼすべてのソースからほぼすべてのタイプのコンテンツを求める研究者にとって、発見の出発点であり、現在は検索エンジンですが、時間の経過とともに発見の範囲を広げていくと思われます。研究者はEDSで検索した後、図書館の選択に応じてEBSCOや競合他社が提供するさまざまなミドルウェア(ここでは立ち入りませんが)を経由して、EBSCOHostなどのコンテンツ・プロバイダのサイトに移動し、文献を入手することができます。研究機関では、ユーザのニーズを満たすために必要なすべての情報資源を単一の組織で提供することは考えられません。 しかし、中小規模の機関では、EBSCOが提供するディスカバリ製品やコンテンツ製品が、完全な、つまりシームレスなソリューションを提供してくれると言ってもよいでしょう。この点で、EBSCOがレファレンスをサポートする製品(OCLCがビジネスを展開しているチャット製品など)、すなわち、ほぼ完全な研究者ワークフローを提供するために欠けている数少ないコンポーネントの一つを提供するかどうかに、わたしは関心があります。
EBSCOの投資にはもう一つの要素があり、それは図書館を運営するビジネス・プロセスをサポートすることです。学術図書館は、印刷物とデジタルコレクションを統合的かつ効率的に受け入れ、管理することに苦心しており、「ジャスト・イン・ケース」から「ジャスト・イン・タイム」の受け入れを可能にする新しい需要主導型モデルへと移行しています。EBSCOはYBP(YBP Library Services)を買収し、購読エージェントとEBSCOHostプラットフォームと統合することで、より洗練された一連の業務達成とデリバリ・モデルの構築の可能性を提案しています。適切な図書館のコレクション管理インフラと連携することで、これは最も強力なものになる可能性があります。競合するProQuestとは異なり、EBSCOはこのようなシステムを独自に取得したのではなく、FOLIOというオープンソースの図書館プラットフォームの開発を支援しています。FOLIOはオープンであることをアピールしていますが、EBSCOの全製品が時間とともにどのように相互作用し、どのようなスイッチングコストが蓄積され始めるかを理解することが重要でしょう。
ライセンスされたコンテンツの事業の成長が停滞し始める中、洗練されたコンテンツ・プロバイダは、研究ワークフローや大学のビジネス・プロセスをサポートすることに、防御的な価値と全く新しい成長分野があることに気づいています。
EBSCOの一連のツールは、研究者を発見から研究の完成までより効率的に導くように設計されており、図書館にこのプロセスを管理するためのツールを提供し、図書館が活用しているモデルの柔軟性を高めています。EBSCOは、特に研究コレクションがそれほど充実していない小さな図書館に対して、そのコレクションのすべての構成要素とサービスの多くを提供しています。ProQuestもほぼ同じ戦略を追求していますが、同社の図書館システムはすでに成熟し、広く普及しており、情報リテラシーと引用管理ツールを提供している点が異なります。これは、非常に競争の激しい分野で、ここでは、Elsevierを成功に導いたコンテンツの独占性がほとんど認められません。
成熟するワークフロー・ビジネス
これらの例では、ElsevierもEBSCOも、研究者のワークフローをサポートし、大学のビジネス・プロセスをサポートするさまざまなビジネス製品を構築しています。両社にとって、研究者のワークフローとビジネス・プロセスの間には明確な補完関係、さらには重複があり、うまく実行されれば相互に補強し合うことになります。このような投資によって、研究者とその大学にもたらされる基本的な利益は、わたしの目には疑問の余地が全くないように見えます。
これらの企業にとって、研究者ワークフローは、エンドユーザである学生や研究者との直接的な関係をはるかに強固なものにするために、とりわけ重要となります。これは、アナリティクスやパーソナライゼーションに役立つことがすでに証明されています。やがて、研究者向けワークフローの提供は、消費者への直接販売ビジネス・モデルとなるかもしれません。すなわち、無所属のユーザ向けには完全なソリューション、機関所属のユーザ向けには付加価値販売、そして最終的には全てのユーザに完全なソリューションを提供するモデルです。ビジネス・プロセス製品については、すでに図書館以外の学内の部署で購入されているものもあり、その動向には注意が必要です。
ワークフロー・ビジネスは、顧客やユーザにとって価値のあるものですが、同時にリスクも発生します。昨日発表されたばかりのIthaka S+Rの宗教学研究者の研究実践に関する調査によると、完全な研究ワークフローソリューションがない環境でも、研究者は、意図していないのかもしれませんが、特定のツールにロックインされやすく、より優れたツールが登場してもそれに切り替えるのが困難であることがわかりました。アナリティクスとパーソナライゼーションは、ユーザにとってさらなる乗り換えコストを生み、その根底にある活動データとアルゴリズムを管理する人々の力を強くする役割を果たします。これらのビジネスが成熟するにつれ、利益相反が生じたり、新たなロックインが発生したりする可能性があるため、それらを特定するための準備が重要になります。これらのビジネスが成長し、その利用を避けることがほぼできなくなるような巨大で、完璧なツールを提供するようになれば、検索エンジンやグローバルなソーシャルネットワークが一つしかないように、それぞれのカテゴリーで一つのツールのみが成功者となる可能性が十分にあります。
このようなビジネスを展開する企業は、決して競争がないわけではないので、自らも大きなリスクを負っています。この記事ではElsevierとEBSCOの例に焦点を当てましたが、Springer Nature/Digital ScienceやProQuestも負けず劣らず積極的に投資を行っています。また、競争相手は同業他社だけではありません。最近のMeta社の買収が鮮明に示したように、他の業界の企業も研究者のワークフローの特定の部分を提供したり、壊したりすることに関心を持っています。テクノロジーのコンシューマライゼーションは、他の企業(その中にははるかに大きな企業もある)を、少なくとも隣接するスペースに引き込むことになり、それらの企業と並存することもできるかもしれませんが、できなければ、競争することになるでしょう。
どの企業も、研究者のワークフローやビジネス・プロセスの面で、これまでに完全に成熟したビジネスを構築したわけではなく、いずれも投資モードにとどまっていることは間違いありません。ある企業が機能を組み合わせてあらたな製品を作り、その製品が新たなビジネスになる可能性がある場合は、起業家にとっては要注意です。シリコンバレーには、パーソナライズされた絵文字のような一見つまらない機能を作り、大企業の製品戦略のための機能として買収されることを望むスタートアップが数多く存在しています。起業家には、この記事で取り上げた研究者のワークフローやビジネス・プロセスのビジネスに欠けているピースに注目し、それに応じた機能や製品を開発することをおすすめします。
David Crotty、Joe Esposito、Perry Hewitt、Lisa Hinchliffe、Kimberly Lutz、Dorothea Salo、Aaron Tayには、この投稿の一助となった問題のいくつかについて議論していただき、感謝しています。
Roger C. Schonfeld
Roger C. Schonfeldは、ITHAKAの組織戦略担当副社長であり、Ithaka S+Rの図書館、学術コミュニケーション、博物館プログラムの担当者です。研究、学習、保存を促進するために、図書館、出版社、博物館の間でエビデンスに基づく革新とリーダーシップを促進するための調査を実施し、アドバイザリーサービスを提供する主題と方法論の専門家とアナリストのチームを率いています。また、Center for Research Librariesのボードメンバーを務めています。以前は、アンドリュー・W・メロン財団のリサーチアソシエイトを務めていました。
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